婚約者を裏切り被虐を求める令嬢の懺悔 ※DVD収録
告白 薫(PN)
狭間の亡霊
小学校低学年ぐらいの頃だったと思います。特に大きなきっかけがあったわけではなく、ただ漠然と違和感を感じていました。得体の知れない恐怖を感じていたようにも思います。
当時はこんなふうに言語化できるわけもなく、図書館で妖怪や悪魔といった古今東西の怪異な物語を読み耽っては、存在するはずのないものに対する恐怖に戦慄していました。
正体不明の違和感は、成長するにつれて肥大化して、私の自由を奪っていきました。それに反するようにして、周囲からは「文句を言わない良い子」だと言われるようになっていました。親族たちが子どもを叱るときは、こぞって「薫ちゃんのようにしなさい」と諭したものです。特にばつの悪い感情を抱くことはありませんでしたが、逆に優越感に浸るようなこともありませんでした。たぶん、何事にも従順でいることしかできなかったからだと思います。言いつけを守るのは当然のことでした。
誤解を招くかもしれないので少し補足しておくと、やや厭世的な一面はありますが、決して無感情というわけではありません。楽しいことがあれば笑いますし、悲しいことがあれば泣くこともあります。多くはありませんが人並みに友人もいて、集団行動も苦手ではありません。ずっと普通に「いい子」でいたように思います。演じている気もありませんでした。
中学時代に生徒会で一緒に過ごしたKとは、お互いに結婚した今でも連絡を取り合う仲です。
私は不思議と周囲の人に恵まれてきました。婚約者とはお見合いで知り合いましたが、気遣いが上手で、私のことをとても大事にしてくれています。愛されている、とも感じます。自他ともに認める順風満帆な人生を送っていると思います。
ただひとつだけ、どんなに幸せであっても、違和感がつきまとっていたことだけは、私と周囲の人々の間に立ちふさがる壁となって、いつも私を隔絶していたのです。
婚約してから、その壁はだんだん迫ってくるようになり、これまで漠然としていた違和感が、真綿で首を絞めるようにじっくりと、でも確実に私を苦しめるようになったのです。
三十路で覚えた性衝動
幸せを強く感じれば感じるほど、それとは裏腹にひどく乱暴で暴力的な感情が湧き出すようになりました。
私は、私を、壊したい。
それは私が生まれて初めて覚えた強く衝動的な欲望でした。体の隅々まで燃え上がるような感情に、私は戸惑い、翻弄されました。考えがまとまらなくなり、普段何の気なしにやってきた家事さえ手につかなくなることがありました。
でも、私に自分を壊すことなどできるはずもありません。私は幸せを享受しているし、同時にこのまま生きていたいという願望も強く抱くようになっていたからです。
幸せにしがみつく願望と破壊を求める願望の矛盾した二つの欲求が相対しながら、お互いに強く成長していたのです。相反する二つの勢力はどちらかが強くなると、再び他方が盛り返し、拮抗を保っていました。私は、その狭間で翻弄され続けていたのです。
この続きは、マニア倶楽部2023年7月号をご覧ください。